サラ・バラス
バイオグラフィー、ディスコグラフィア、Real Audioと読者からのコメント

 
"ますます静けさを評価するようになった、多分もっと芸術的な瞬間を探している、もっと“味”のある瞬間を...”


サラ・バラス、バイラオーラ.インタビュー

「巨匠達への尊敬はもちろん大切だけど、彼等が私達の為に自由を勝ち取ってくれたことも忘れてはいけない」

シルビア・カラド.マドリッド、2004年9月.

サラ・バラスの楽屋、もはや出入り自由。バイラオール、エンジニア、写真にサインをしてもらいに来るファン...人の出入りが止まらない。誰にしろ、同じ笑顔で聞き入れるサラ。落ち着いた様子だが...当たり前かもしれない。“マリアナ・ピネーダ”と“フワナ・ラ・ロカ”の2作は、四年間で1000公演以上を成し遂げた。ファンの望みに答え、“スエニョス”を再び上演、テアトロ・ロペ・デ・ベガの窓口は毎日行列状態。夢が叶った。何年も前、このバイラオーラがテアトロ・アポロで働いていた同じ頃、テアトロ・ロペ・デ・ベガではスペイン国立バレー団の“フエンテ・オベフーナ”が大ヒット中。目をつぶって願ったらしい、「いつか私もこの劇場を満席にできますように」と。願いが叶ったことは言うまでも無い。その落ち着きも彼女の踊りに現れている、「ますます静けさを評価するようになった、多分もっと芸術的な瞬間を探している」  しかし、成功も怖いところがあるという 「挑戦の毎日だから」。 不合理に、彼女の成功を批判する声は閉鎖的なフラメンコの世界から聞こえる。「何千人もの前で披露できる踊りを創作できる能力が有るって言いたいなら、ありがたく思う。部屋でブレリアを踊るなんて子供の時からやってるから」  能力が十分にあることは来年のスケジュールを観ればすぐ分かる。来年の後半には新しいショーの創作にもあたる予定。題目有り?  題目無し? 「気違いみたいになってさがしてる」 とのこと。


サラ・バラス

初演から五年目になる今、“スエニョス”は順調に上演中です。この成功の秘密は?

真実に満ち溢れているからだと思う。“フアナ・ラ・ロカ”と“マリアナ・ピネーダ”みたいな規模の大きい作品の後、観客の望みに答えて再上演してる。たくさんの人がファルーカをまた観たかった、ダイレクトなフラメンコを。私達もそういったフラメンコを躍りたかったし。もちろん少し手を加えたけれど。神様のおかげで、この期間に様々なことを学んだ。スペクタクルを少し変えただけではなくて、舞踊団のレベルも高くなった。豪華ゲストとして、ホセ・セラーノを招待してるし。バイレは五人の女の子と二人の男の子、それにミュージシャン。みんながそれぞれのすべてを注いで真剣に取り組んでるし、伝統的なフラメンコに対する尊敬もある、若いから私達の観点から観たフラメンコだけれど、自らのスタイルを築いて、ただ踊りに専念してる。

以前よりも落ち着いているようですが、あなたにとって何かが変わったんですか?あなたのバイレは変わりましたか?

良い面で変わったと思う。そんなに時は経っていないけれど、“スエニョス”からはだいぶ経ってる。“マリアナ・ピネ-ダ”二年もまだ経たない今、400公演以上を成し遂げてるし、“フアナ・ラ・ロカ”は二年半で450回も発表してる。マノーロ・サンルーカル、ジュイス・パスクアル、ジュイス・オルモス、みたいな重要人物達や何人ものゲストアーティスト等と、舞台やリハーサルを分かち合えたりして...学ぶことは非常に多いい...もちろんレベルが上る。ますます静けさを評価するようになった、多分もっと芸術的な瞬間を探している、もっと“味”のある瞬間を...技とか、スピードとかを探すんではなくて...まあそういったことも好きだからもちろんやり続けるつもりだけど。

何年か前にはちょうどその感情の暴露さを批判されていたんですが...

そう、やる気にスピード、そして一番難しいことをやろうっていう気持ちのせい。今は違う、もっと大切なことに気がつき始めてるから。もちろん、そこにあるもので、勉強すればものにできるけどね。だけど、誰もが学ぼうとしてることではない。

サラ・バラス

題目の無いスペクタクルで踊るほうが満足しますか、それともただ違った経験なんでしょうか?

まったく違う経験。役者としてある人物の身になって踊りたい時もある。人物から出たい時もある、今みたいに。“ラ・ピネ-ダ”と“フアナ”(彼女の作品をこう呼んでいる)の人物として躍ってもう四年になるけど、とってもファルーカを躍りたかった、ソレアの歌詞を躍ったり...そして好きな事を自由にやりたかった。

人物として躍るのには制限される部分があるんではないですか?

台本の人物が泣く時は私も泣かなきゃいけない、悲しそうに躍っているって書いてあるなら、悲しそうに躍らないとね。だけどこのショウでは違う、まるで逆みたい。とっても楽しんでる。人には私の役を演じてるって言われるけど、それすらやってない...好きな事をやってるだけ、もちろん観客に対しての敬意を忘れず、ものすごく気を使って。ここでは毎日、休まずに勉強しながら、働き続けてるから!!

毎日同じ役を演じるのには疲れを感じるんではないですか...

 
"将来学ぶかもしれないけど、今のところ、全力尽くしてしか舞台の上では踊れない。"

確かにきつい仕事。1年8ヶ月間で“ピネ-ダ”を400公演するには気を散らしている時間なんて無い、毎日皆と同じように汗をかかなきゃいけない。冗談じゃない、本当にまじめな仕事だし、正直言って、ある時は本当につらい。テアトロ・カルデロンでは毎日のショウが5ヶ月間続いたけど、私はもちろん、舞踊団のメンバー全員、一日たりとも欠席した日は無かった。もしかしたら、将来学ぶかもしれないけど、今のところ、全力尽くしてしか舞台の上では踊れない。命を懸けて躍ってる。次の日は体が疲れきってるけどね。自分が毎日最高のレベルでいようっていう決意をしてるから。もちろん観客の反応が良いのは、とっても力強いし、そのおかげで喜んでいられる。劇場が毎日満席なのはうらやましいことだと思う、観客のリアクションとか...だけど落ち着かせてくれるわけじゃない、どちらかと言えばその逆で、結構怖い。今日は総立ちになったけど、明日またそうならなければいけないから、挑戦の毎日。

伝統と現代のフラメンコはどのような関係にあるんですか?

フラメンコの私達には、好きなように自らを表現する為の自由がある。学んだこと全て、喜ばせてくれること...表現する為の瞬間があれば、出てくる。現代舞踊の動きをしたいんじゃなくて、私はとっても現代舞踊の仲間にたいして大きな尊敬を持ってるけど、いろんな事知ってるのはバイラオーラだからあたりまえで、舞踏家だから、踊りについては全て学ぼうとしてる。突然気に入った動きを目にしたら、何でソレアの為に使わないか?って思う。その時はフラメンコ風になるけど、とんでもない美しさだと思ったら、何で私がその動きを使ったらいけないのか分からない。音楽でも同じだと思う、例えば  ディエゴ・エル・シガーラ なんかべボ・バルデスと一緒にすばらしい音楽をレコーディングしたけど、誰もフラメンコだかなんだかって口論しない。バイレでは、モダンなことや、違ったことをやるのが良い目で見られてなくて、気に入らないような感じ。私は現代的でありたいとは望んでない、ただ自分の仕事に対して正直で誠実でありたいだけ。目をつぶって自分の踊りだけを観るわけにはいかない。たくさんのショー、振付け、音楽、踊り、演劇を観てる。全てに影響されるし、全てに強い印象を受けるから、好きなものは、どうしても学ばないと気がすまない...自分がフラメンカである事を忘れずにね。

バイレフラメンコは、他のジャンルにアイデアを求めず、自ら進化する事ができるんでしょうか。

 
"私は現代的でありたいとは望んでない、ただ自分の仕事に対して正直で誠実でありたいだけ。"

全て発明されてると思う、マエストロ達のおかげで。私が思うには、フラメンコは人格を強制的に表現せざるをえないアルテ、それこそが自ら成長していく為に必要なことだと思う、もちろん。私のファルーカを創る為にはマエストロ達を観た、伝統的なファルーカの為には、クラシックの舞踏家をは観ない。だけど、今のファルーカだって事が分かる。アントニオ・ガデスのファルーカを見逃すわけにはいかない。比較したりするつもりはまったく無いし、同じものの中で革新できると思う。

勉強しながら発見も多いいんでは?

もちろん。パコ・デ・ルシアが言うように、本当にすばらしい一音に出会うためには1000時間弾かなければいけない。バイレでも同じ、休み無く働き続ける、躍り続ける、聞き続ける、研究していけば、もちろん何かしら出てくる。違ったことをやろうって言うんじゃなくて、自分が感じることを表現しようって働き続ければできる。

仕事仲間のギタリスタが最近、あなたは,フラメンコに優しさだけではなく、新たなイメージを与えた、と言っていましたが...

私が踊り始めた頃は、今の女の子と同様こわごわしてた。私は典型的なフラメンカじゃない、ジプシーでもなければ、化粧もしてないし、髪の毛も黒くない、カールもしてなければ、典型的なイメージにもあてはまらない。だから結構怖かった。ペーニャに踊りに行ったりして、中に入らせてくれなかった事が何度もあった。私が躍るんだって信じてくれなかったからね。フラメンコを保護する立場になった今は逆。昔は、パンを買いに行く為にさえ、アルティスタはアルティスタだったけど、今はアルティスタだってことを最高峰にて証明しなければいけない。私達は普通の人間、皆と同じ。私の体はとってもフラメンカなジプシーの体ではないけれど、心はそうだと思う。舞台上でも、典型的なバイラオーラのように振舞おうとは思わない。もっとシンプルな衣装で躍る方が私にとっては楽。最近になって、低い髷が気に入ってて、みんな、「サラ、良く似合ってる」って言ってくれる。あまり気にしてることじゃない...動作と感受性が本当に大切なことだと思ってるから。

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