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パコ・デ・ルシア.“コシータス・ブエナス”.
第23回ビエナル・デ・フラメンコ・デ・セビージャ
パコ・デ・ルシアと人間達
シルビア・カラド.セビージャ、2004年9月14日
“コシータス・ブエナス”.パコ・デ・ルシア: ギター.ドゥケンデ、モンセ・コルテス、ラ・ターナ:
カンテ.ニーニョ・ホセーレ: 第2ギター、パーカッション、パルマ.ピラーニャ: カホン.アライン・ペレス:
ベース.アントニオ・セラーノ: ハーモニカ、キーボード.
アウディトリオ・デ・ラ・カルトゥーハ.セビージャ、2004年9月14日.22:00時.
第23回ビエナル・デ・フラメンコ・デ・セビージャ
セビージャでの公演は6年ぶりのパコ・デ・ルシア。この町が待ち望んでいた出来事。かなり高値の入場券にもかかわらず、6000人の観客でアウディトリオ・デ・ラ・カルトゥーハは満席状態。夜空を見渡せるこの屋外舞台はExpo‘92.の建築遺産。コンサート開始一時間前ほどから、“イスラ”(島)
にはファンが集結、少しずつ席を取っていった。ファンの中にはもちろんフラメンコアルティスタも多く、特にギタリストが目立つ。パコが舞台に姿を現した瞬間、聴衆は身震い、気の狂ったような大興奮状態。しかし、マエストロが弾き始めようと席をとると、観客の呼吸が止まってしまったかのような沈黙。超自然的な出来事と言えよう。

パコ・デ・ルシア |
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パコにインスピレーション与えるユカタンを近づける為かのようなやし林を舞台背景とし、まず1曲目は“シロコ”(1987)から、ロンデーニャの“ミ・ニーニョ・クーロ”。最初の一音符から、このミュージシャンは違った銀河系、他の次元に属することが明確に証明された。トマティートが言うように、「まずパコがいて、その後、俺達みんながいるんだ」。妖術のしわざかのように、未知なる世界から音楽が発生する。最小、最大。繊細、野獣の力。音楽で表現できるニュアンスの多様性すべてがパコの手...頭の中に内在している。ショックから目覚めた観客席からは“オーレ!!”や“パーコ!!”“マエストロ!!”など、ハレオが聞こえ始める。すごいの一言。
舞台上では、現実とコンタクトする為なのだろうか、唄ったり、コンパスを刻んだりする人間に囲まれている。ブレリア・ポル・ソレアの“アントニア”はラストアルバム“コシータス・ブエナス”からの1曲。リズムを繰り広げるギター、この世のものではない。ドゥケンデ、モンセ・コルテス、ラ・ターナはコーラス。ピラーニャとニーニョ・ホセーレ(そう、そう、ギタリスタのニーニョ・ホセーレ)はコンパスを増加させながらリズムを刻む。師匠は撤収し、聞き手となる。ブレリアを発生し続ける、内部から常に新しく組み立てられていく断片的なギターは腸むき出し。激動はもはや最高潮の場内に、他の惑星からブレリアをもう1曲。桁外れの迫力。微笑し、楽しむパコ。設置されている巨大スクリーンにアップで映し出される彼の手の動きを見届ける事はもはや不可能。常に創作し続ける鬼才は偉大。他のギタリストが弾けば、ただテクニックを披露しているようにしか聞こえないようなフレーズを、ナチュラルな音楽にしてしまう。そして雰囲気のまったく違った“ルシア”のソレアの奥底へ。すきなところに連れて行かれる...連れて行かれたい。不可能な場所への旅、自らと皆の音楽の歴史にそって。誰かの“パコ!!”という掛け声に、“何?”と冗談がてらに答えるパコ。観客全員が彼の人間性あふれる冗談を楽しんだ。落ち着いた人なんだよ、パコは。アドレナリンの注射のようなギターを体験できたコンサートの第一部が終わった。エクスタシー。
休憩は前半の経験を受け入れる為に。後半は違った雰囲気。パコの新しいミュージシャン達は、おなじみだったセクステットと違い、“バンド”ではない為、内的生活経験もなければ、相互作用も感じられない。一人一人が天才ミュージシャンだったセクステットが懐かしい、と言うのが大抵のリアクション。だから、パコと現在のグループのミュージシャン達との差をもっと激しく感じてしまい、パコだけが目立ってしまう。さらに、プロダクションもあまりぱっとしない。ライトアップも、映像、舞台背景までもがなんか寂しい。パコみたいな世界規模の大スタ-だっていうのに...
内面に視線を向け続けるマエストロ、過去に映し出される自分を見つめる。“ソロ・キェロ・カミナール”(“道”)からルンバの“パレンケ”を披露。炎の嵐。祭り気分のコ-ラス、メインメロディーを繰り返すハーモニカ、自らをあくまで表現し続けるベース、80年代風のキーボードは全体の雰囲気を汚してしまっている...カマロンの魂に取りつかれているドゥケンデはカマロンへオメナへ。“スエナン・カンパナス・デル・アルバ”“エル・ペロル”が響き渡る。自らの背に乗って突き進むギターをラテンの風が後援する...調子が変わり、一歩一歩顔を出し始めてくるブレリア、“ボラール”を少しずつ成長させていく。唄い手の為のスペースが築き上げられ、ハーモニカは“トゥンボーナ”を思い起こす。炎の勢いはますますよくなっていき、センセーション増加、そして...熱。気が付かないぐらい滑らかに、“コシータス・ブエナス”(2004)の気を失うようなイントロが。常にフェステーロなカンテがもう少し多くなったぐらいで、スペクタクルの雰囲気はさっきと同じ。自らをレフェレンスに、過去と現在を結びつけるパコ・デ・ルシア...その過去と現在は現代フラメンコの歴史そのものでもある。
“ありがとう。すごく緊張するけど、セビージャで弾くのは最高だね、祝福された土地!!”聴衆にとって本当に祝福のようなパコの言葉。そして、この信仰を再確認させる“シリアブ”(1990)。この音楽は音楽をはるかに超えている...ギターがリードする時、この世を揺さぶる天国の音楽となる。パコ・デ・ルシアにとっては遊びのようなもの。観客はパルマ、靴音でリズムを打ち出し、叫び、口笛でハレオ。アンコールの為、舞台に戻ってくるのにちょっとかかる神様だが...もちろん戻ってくる。はっきりと、賢明な新しさで甦った“エントレ・ドス・アグアス”(二筋の河)をプレイ。30年の間、国際化され続けた音楽がこの一曲に包含されている。30年の独創性が人間の熱烈によって償われる。
flamencojapan@flamenco-world.com
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