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マリア・パヘス.“カンショーネス・アンテス・デ・ウナ・ゲーラ”
第23回 ビエナル・デ・フラメンコ・デ・セビージャ 2004
市場の宝物
シルビア・カラド.セビージャ、2004年9月28日
“カンショーネス・アンテス・デ・ウナ・ゲーラ”.マリア・パヘス:アイデア、コンセプト、ダイホン、振付け、バイレ・ソロ.マリア・モラレス、マル・フラード、ソイ・フェルナンデス、クリティーナ・トメー、グアダルペ・トッレス、ホセ・バッリオス(振付け、アレグリアス)、エミリオ・エレーラ、アベル・ハラナ、アルベルト・ルイス、ホアキン・ムレーロ.アナ・ラモン、イスマエル・デ・ラ・ロサ、“ボリータ”:カンテ.ホセ・カリージョ“フィティ”、ルベン・ラバニエゴス、イサク・ムニョス:ギター.チェマ・ウリアルテ、フランシスコ・アルカイデ:パーカッション.チイディ・デ・ロカ、パコ・ポソ:スペシャルゲスト.
監督:ホセ・マリア・サンチェス. テトロ・デ・ラ・マエストランサ.セビージャ、2004年9月28日.21:00時.
第23回 ビエナル・デ・フラメンコ・デ・セビージャ 2004

アイデアのバザール、まだ倉庫に品をたくさん残していたようだ。しかも、単なる在庫ではない。まさに創作研究所にふさわしいマリア・パヘス舞踊団、観客の記憶に残る新たなる実験を生み出した。ビエナルで披露されたこのスペクタクルには、数ヶ月前にマドリッドで発表したスケッチの主要部しか残っていない。ここ、セビージャのテアトロ・デ・ラ・マエストランサには新しい曲の他にも、はるかに真面目で裕福な上演を披露し、以前、“リバーダンス”で共に働いた南アフリカ出身の歌手チイディ・デ・ロカをもフューチャーするなどという余裕を見せた。振付けは全く文句なし。衣装も文句なし。リズムももちろん文句なし。“カンショーネス・アンテス・デ・ウナ・ゲーラ”はクリエイティブな、音楽の為の創作(バイレを、美学という観点からだけではなく、動く音というコンセプトで披露)、伝統と進歩の完璧なつり合い、フラメンコの魂むき出し。
ライトが点き、幕がまだ下がった常体で、昔のトランジスターから一曲目が聞こえてくる。アンヘリージョの演奏による“ボケロネス・デル・アルマ”。黒。沈黙。何も無い舞台に、バイラオーラ、バイラオール達がイブニングドレスという姿で現れ舞台上を歩き回り始める、衣装を着終わる者もいれば、サパテアードを見せるバイラオールも。パルマ、パソ...まるで小さなタブラオのようなカホンでは、手と踵でリズムが打たれる。音楽を披露するからこそ、マリア・パヘスのバイラオール達、他の舞踊団とは一線を画する。シーンは夜の巣窟。ヘンリー・サルバドールの“ブルース・ディンゲ”が響く。男と女が挑み合う、ハレオをかけ合う、遊ぶ...踊りながら。音楽も振付けもすばらしい。フランス人ジャジストの音楽にステップを組み込む。もう1曲。コンチャ・ピケールの歌声で“タトゥアへ”。前世紀20年代を思い起こす、ほつれと宝石の付いた赤い衣装でマリア・パヘスが登場。タンゲーラ身振りで舞台を愛撫、カーブライン、自らの腕にからまる。彼女の後ろでは、バイラオール/ラ達がペアを組む。内面から踊りを繰り出していくマリア、全ての音符、メロディーラインを動かしている。詳細の数々。感受性の極限。

この特別なレコピレーションからもう1曲。カンターオらのアナ・ラモン、舞台の端から端まで、ソナタの対角線に並び、楽器にむかって唄うフラメンコアレンジされたアタワルパ・ジュパンキの“ギターラ・ディメロ・トゥ”。五人のバイラオール達はこのバイレをファルーカのように解釈し、伝統に敬意を示しながら、革新をグループの動機にして踊る。一人で。二人で。三人で。歌詞は気持ちを込めて歌われる。ほとんど休みも無く、後方の幕が左の方から開かれ、グループがわくに入ったような常体になる。残る舞踊団は、舞台の対角線の反対側に、観客に横向きになった常体。マリア・パヘス、彼女の姿を浮き彫りにする黒い衣装をまとい、ソレア・ポル・ブレリアを踊り始める。両サイドのグループとやり取りしながら、中心のスペースを支配。最初はおとなしく、そよ風のよう。その後は祭り気分で、庭にいるおばあさんのように。身をゆだね、もろにフラメンカ。拍手喝采。舞台に残ったグループは、アントニオ・マチャードの歌詞のカンテでアレグリアス。一つの振付けの中にたくさんの振付けが見出せる。多種多彩。ダイナミック。フィエスタ。
幕間。もうすっかりおなじみとなったマリア・パヘスのユーモアがコラ・カオ (スペインではおなじみの牛乳に溶かして飲む粉カカオ。スペイン文化の一部として定着している)
のフラメンコ風にアレンジされた宣伝という形で披露される。観客はパルマで曲のリズムをきざむ。ツイストのリズムに乗って披露されるのは粉石鹸の宣伝。笑顔で話し合っているバイラオール達はミュージカルを思い起こさせる。スペクタクルが続く。ライトエフェクト。セギリージャ。動きが聴こえる。南アフリカ出身のカンタオーラが唄い始める。共通の感情を分かち合い、独自の踊りを繰り広げる五人の女の為の女性の声。身震いする瞬間が近ずく。ミゲル・エルナンデスの詩、“ラ・ナナ・デ・ラ・セボージャ”のスペイン人作詞作曲家ジョアン・マヌエル・セラーのバージョンを踊りにマリア・パヘスが登場。心で踊る。翼の舞が肌を突き抜ける。ギターとの抜群な同感。涙。
さらに母性的な温かみを加えたものの、雰囲気を変えずに、チイディ・レ・ロカがジュパンキの“ドゥエルメ・ネグリート”を唄い始める。裸足で、ゆったりとした赤い伝統衣装という姿のマリア・パヘス、彼女の自然地、舞台の縁に近づく。伝える、震う、巻き込む。ミュージシャン達とバイラオール達は彼女の周りに座っている。驚くことに、クロンボの役として彼女と一緒に舞台に曲を分かち合うために登場したのは、イスマエル・デ・ラ・ロサ・ジュニア。縮んでしまったカンタオール(単なる愛らしい男の子ではなく)、のような彼の舞台上での振舞いはプロッフェショナル顔負け。ノリに乗る観客。ギタリストたちは床から動かない。パコ・デル・ポソが舞台の縁に立ち、天頂ライトの光の下で、アントニオ・マチャードの詩を含んだ“ソニャール”を「すばらしき幼年期の世界を後にしつつある」マリア・パヘスの息子、パンチョに唄う。広報のベールは夢を透き通らしている。馬は、アントニオ・ガデスの“ボダス・デ・サングレ”を思い出す。バイラオーラ達はショールを舞わし...夢を抱かせる。転換。アフリカンミュージック。パーカッションがバイレをとぎらせ、チイディは踊り、唄い、懇願する。バイレフラメンコが音楽のコントラスト。ジャズの出番。ルイ・アームストロングの“ウェン・ザ・セインツ・マーチン”冗談、フィエスタ、祭り騒ぎ。さっぱりしたスタイル、視覚的なグループとのやり取り。詳細は女性達によるカスタネットのテーマのアレンジ。彼女が自らの作品に取り入れる伝統の構成ぶりは見事である。音を立てずに踊りながら舞台からバイラオール達が出て行く。スペクタクルのクライマックスはジョン・レノンの“イマジン”。歌は南アフリカからのスペシャルゲスト、バイレはマリア・パヘス。心を揺さぶる美しさ。感激してしまう。クライマックスは光り輝くバイレ・ポル・タンゴス、後方に照らされるより良い世界を思い起こすのを簡単にさせるためかのように。ここに集結したこの世界の観客はマリア・パヘスの提案を賛嘆した...舞踊団が“ラ・バカ・レチェーラ”のリズムに従って挨拶しているなか...
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