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ポリーナ一家
こういった教えをものにし、カホンの演奏に爽やかな風を吹き込んでいるのがまだ若いポリーナ・デ・バダホスの甥たち。ラモン・エル・ポルトゥゲスの息子たちでもある。ラモン・ポリーナがその長男。初めてのレコーディングはパコ・デ・ルシアのアルバム“シリアブ”...ラモン“ぺシコーラ”と言う名前で記載されている。当時の彼はわずか17歳。エル・トゥルコとも呼ばれるラモンは“シリアブ”の他にカマロンの“ポトロ・デ・ラビア・イ・ミエル”にも参加している。ライブ演奏者としてはフアキン・コルテス、アントニオ・カナーレス、ヘラルド・ヌーニェス、トマティート、ポティート、ドゥケンデなど数多くのアルティスタたちやフラメンコ舞踊団のために働いてきた。パコ・デ・ルシアの“コシータス・ブエナス”のために結成された新しいバンドで活躍しているのが弟のピラーニャ。ディエゴ・エル・シガーラ、
ニーニョ・ホセーレやエンリケ・モレンテのカホネーロとしてレコーディングにもライブにも参加している。末っ子はサブー。アントニオ・カナーレスの信頼を得ているカホネーロだ。バンドレーロは直系ではないが、直系同様。パーカッショニストとしてはポリーナたちと同じ道を辿って来た。皆フアキン・コルテスの“後”で働いた経験を分かち合い、フラメンコパーカッションを主にしたエチェガライ・ストリート・バンドを結成している。
バンドレーロによると、アメリカツアーの際フアキン・コルテスにラモン・ポリーナと二人で演奏するためのパーカッションのイントロを頼まれたらしい。「三、四分のかっこいいイントロ創ったよ。いつも一緒に働いてたからいろいろ創ってあったんだ。」
結果の良さに魅了された彼等、このラインの作曲に力を入れることにした。「バンド結成しようか?ってことになってから作曲したり、友達呼んだりし始めたんだ...当時はまだ子供だったピラーニャ、いつも俺たちと一緒に居たエル・モリート、作曲したりしたホセリン、ホセ・アントニオ・カルモナも同じ...六人で形付けていったんだ。」
ビセンテ・アミーゴのアルバム“シウダー・デ・ラス・イデアス”にフューチャーされているルンバ“タター”、モンセ・コルテスの“アラバンサ”のタンゴス“アスル”、ケタマのテーマの数々、ぺぺ・アビチュエラの“ジェエルバグエナ”...
ライブ演奏には数多くのフラメンコ名手たちとのコラボレーションだけではなく、レニー・クラビッツやリッキー・マーティンとのコラボレーションなど、様々なプロジェクトに参加している。バンドのファーストアルバムは2003年に
リリースされた“エチェガライ”。このタイトルはマドリッドの最もフラメンコな通りの名前。彼等が常連のバー“カルダモモ”もこの通りにある。
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