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ドランテス.スペシャル
“僕の旗は自由”
ピアニストのドランテス、“スール”、“オロブロフ”
に続き、 三枚目のニューアルバムリリース
シルビア・カラド.2004年10月
ドランテス、山にインスピレーションを得る場所を見つけた。アイデアを探りに自然に取りこもった後は、スタジオでのレコーディングが待ち構えている。そのレコーディングの結果は、レブリハ出身ピアニスト、ドランテス三枚目のソロ・アルバムとなる。彼によれば、“スール”
や ”オロブロイ”よりも内心的な作品になるそうだ。新曲をも披露した先日の、テアトロ・デ・ラ・マエストランサ・デ・セビージャでのコンサートでもそういった印象が得られた。
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ドランテス |
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「自由が僕の旗」と言う彼、隠遁の結果だけではなく、このニュー・アルバムは、ジャンルのプレッシャーをまったく感じないクリエーションの結果と言える。ジャンルの札を付けられるのが嫌いなレブリハ出身ピアニスト、「音楽は自在に形が変えられる粘土のようなもの。僕は自分がフラメンコだってことを知ってる、だからこそ、根源を傷つけずに自由を探してるんだ。社会生活で守らなければいけないルールだけでもう十分だね」
この態度は一家の特徴。彼の叔父にあたるエル・レブリハーノ、父のペドロ・ペーニャなどはそういった態度の、特に優れたアルティスタ。「ペーニャ一家は根源に強い執着があるけれど、好奇心も強い。新しい経験が好きなんだ。フラメンコを完全に知り尽くすことは不可能だとしても、フラメンコにはとことん馴染んでるせいか、違ったの音楽を聴いて、新しい道を切り開いていくことが好きなんだ」
ドランテスが最近よく聞いているのは、「最後の時期のフランク・ザッパ。ストラビンスキーやべラ・バルトク‐六部四重奏曲‐、インドの音楽、なんでも聴くよ。ミュージシャンにとっては聴くことが大切、真似する為じゃなくて...
視野を広げる為に」 セビージャでの彼コンサートに参加したアルティスタ達を見れば、彼の言っている事がすぐ分かる。チェロのセジベリア四重奏、タブラスにはインド人師匠ケンシャブ・カンティ・ショウドゥリー、そして、忘れてはいけないのが、キューバ人歌手/作曲家シルビオ・ロドリゲスのテーマをリメイクしたロレ・モントージャのカンテ・フラメンコ。
ピアノ・フラメンコ
ドランテスは、ディエゴ・アマドール、ペドロ・リカルド・ミーニョといったような、フラメンコを原点としているピアニスト達の世代に付属するアルティスタである。「ピアノ・フラメンコはどんどん進化している...
たくさんの仕事仲間が成功しているし。少しづつフラメンコの世界に地位を築いてるんだ」 そういったミュージシャンの中には、彼のように学究的な音楽教育を受けたアルティスタもいる。こういった教育は伝統的なフラメンコの世界にとってはまだ珍しく、批判の声を上げるフラメンコ達も少なくない。「音楽教育を受けるとフラメンコの真髄が失われてしまうなんて言うのは馬鹿な話。書けない詩人のようなものさ。結果はすばらしくても、作品が残らない。文法についての知識が助けになるのは当たり前、知識を備えることは良いこと」
と、ドランテスの意見はこの点はっきりしている。
彼にはあまるほどある... だから、自分の為だけではなく、他人の為にも作曲する。特に、カンタオーラのエスペランサ・フェルナンデス、とのコラボレーションは充実している。「彼女のアルバムのプロデュースを頼まれてる」
血筋だけではなく、芸術的な視点を分かち合う彼等、「仲の良いミュジカル・パ-トナー」 だそうだ。エスペランサのアルバム“エスペランサ・フェルナンデス”にはドランテスが参加し、“スール”にはエスペランサが
“ディ、ディ、アナ”のカンテを担当。
2OO2年のビエナル・デ・セビージャで披露したレアレス・アルカサレスでの共演で彼等の間に何かが発生した。ドランテスにとって一番特別なコンサートだったという。「緊張してたもんだから、コンサート前に庭に散歩しに行ったぐらいだったんだ、本当にきれいな夜だっし...
最終的には全てがうまく行ったのさ、神秘的だったね」

ドランテス
flamencojapan@flamenco-world.com
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