カマロンがカンタオールの一世代に多大な影響を及ぼしたことは確実。響き、転調、スタイル...
サン・フェルナンドのアルティスタの美学さえ、ドゥケンデ、ディエゴ・エル・シガーラ、エル・ポティートといったカンタオール、モンセ・コルテス、レメディオス・アマージャ、カルメン・カルモナ、ラ・タナのようなカンタオーラによって養われ続けている。カマロンによってわずか9歳で庇護されたドゥケンデは彼のアイドルの辿った道を、特に優れた“サマルコ”のようなソロ・アルバムでにしろ、ライブでにしろ辿り続けている。パコ・デ・ルシアとツアーを過去にも、そして今でも続け、神話的なカンタオールの“代役”として活躍している。その一例がパコ・デ・ルシアのアルバム“ルシア”でのタンゴス。
間違いないカマロンの響きを持つカンタオールの一人が、幼い頃、ルシア一家に発見され庇護されたエル・ポティート。彼の一枚目のアルバム“アンダンド・ポル・ロス・カミーノス”はパコ・デ・ルシア、トマティート、ビセンテ・アミーゴ、リケーニ、カニサーレス...といった超一流ギタリスタ、正にフラメンコ・ギタリストの“オル・スターズ”
の伴奏でレコーディングされている。当時のポティートはわずか14歳。他のソロ・アルバムやホルへ・パルド、パコ・デ・ルシア(“シリアブ”“コシータス・ブエナス”)、ケタマ(“デ・アキー・ア・ケタマ”)といったアルティスタとのコラボレーションも多彩。現在はトマティートのグループの一員として活躍している。

ドゥケンデ. |

ディエゴ・エル・シガーラ |
1988に“ディエギート”という芸名でデビューし、個性的なスタイルを築こうと努力を続けているにも関わらず、初期にはディエゴ・エル・シガーラもカマロンの後を辿ったカンタオールの一人。“ディレクト・エン・エル・テアトロ・レアル”で聴けるように、伝統的なフラメンコの厳しい規則にそって自らのスタイルを築いていったアルティスタ。しかし、ポップに近いアレンジのタンゴスやブレリアスなども成し遂げ、フラメンコを違ったジャンルに持ちこんでいる。世界的なヒットとなった“ラグリマス・ネグラス”はキューバ人ピアニストのべボ・バルデスと一緒にレコディーングした宝。アルバムのフォーミュラは、伝統+コミュニケーション。
カンタオーラたちもカマロンの影響を大いに受けている。セビージャ出身の
レメディオス・アマージャはカマロンが賞賛していたカンタオーラ。カマロンと同じ独特のケヒーオ(嘆き声)、違ったジャンルに視野を広げる能力、音楽性とコンパスのセンスを分かち合っている。彼女の作品は多数だが、“メ・ボイ・コンティーゴ”のヒットがきっかけで大観衆に知られるようになり、独自のスタイルを築いた。“ヒターナ・ソイ”、“ソンソネーテ”ではそのスタイルを繰り広げている。女性の中で、カマロンの響きを感じさせるもう一人のカンタオーラといえばモンセ・コルテス。アントニオ・カナーレス舞踊団のレギュラーメンバーであるだけではなく、ソロ・カンタオーラとしても活躍している。その結果が“アラバンサ”と“ラ・ロサ・ブランカ”の2枚のアルバム。最近になってプロの世界に加わり“カリビナカー”を発表したグラナダ出身のカルメン・カルモナや、パコ・デ・ルシアの“コシータス・ブエナス”の何曲かのカンテやコーラスを担当したラ・タナなどにも注目すべし。
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